二度目の不合格

合格発表を見たあと、胸に残ったのは、去年よりも重い感覚だった。


一度経験しているはずなのに、今年のほうがきつい。

むしろ、今年のほうがつらい。


それはきっと、この一年、必死に頑張ってきた姿をずっと見てきたからだと思う。


「浪人してもダメなのかもしれない」

「やっぱり厚い壁があるのかもしれない」


そんな言葉が頭をよぎる。

頑張った分だけ、悔しさも大きい。


試験は水物だと言う。

たしかにそうなのかもしれない。


でも、こんなにつらいなら、

最初から目標を少し下げておけばよかったのかもしれない。


そんなことを、ふと考えてしまう。


けれど、どれだけ後悔しても、時間は戻らない。


ぼんやりしていると、

この気持ちは少し恋愛に似ているな、とも思った。


どれだけ追い求めても、

どうしても届かない恋もある。


それなら、もう諦めて、

次へ進んだ方がいいのだろうか――。


そんなことを考えていた。


でも、ふと横を見ると、

娘は机に向かっている。


明後日には、まだ後期試験がある。

その対策を、黙々と続けている。


本当に偉いと思う。

心からそう思う。


まだ終わっちゃいない。


だから、もう少しだけ。


頑張れ。

不合格というトラウマ

試験が終わった。

それでも、心はまだ落ち着かない。


一日中仕事をしているのに、

ふとした瞬間に、頭をよぎるのは——

「不合格だったらどうしよう」

という言葉。


去年、一度落ちているからだと思う。

あの経験があると、「不合格」という言葉が妙にリアルで、なかなか頭から離れてくれない。


去年の受験のときは、

「もしかしたら一点差で受かるかもしれない」

そんなふうに、自分の頭の中に希望をインプットしていた。


言ってみれば、少しお花畑だったのかもしれない。でも今年は違う。


一度現実を見ているから、

そんなふうに楽観的にはなれない。

どうしても、最悪の結果のほうを考えてしまう。


親というのは不思議なもので、

試験を受けているのは子どもなのに、

結果を待つ時間は、やっぱり落ち着かない。


それでも思う。

ここまで本当によく頑張ってきた。

それは、誰よりも近くで見てきた。


だから今は、

結果を先回りして心配するよりも、


「ここまでやり切った」


その事実を、まずは大事にしたい。

やっと終わった、京大受験の日

娘の京大の試験が終わった。


二日目の試験終了の時刻、

試験会場の前には、たくさんの親御さんが集まっていた。

国公立試験にかける、それぞれの家庭の真剣さが、静かに伝わってくる光景だった。


みんな同じ気持ちなんだろう。

祈るような時間を、何ヶ月も、何年も過ごしてきた。


正直なところ——


今の気持ちは、

手応えでも、不安でもなく、


「やっと終わった」


それに尽きる。


思えばこの一年、

成績に一喜一憂し、

模試の判定に揺れ、

ミスに落ち込み、

朝起きられない日を心配し、

直前講習で崩れた夜もあった。


それでも、今日、最後まで席に座り、答案を書き続けた。


それだけで、もう十分だと思う。


親は、点数はまだ知らない。

合否もまだ分からない。

でも、ここまで向き合った姿を知っている。


だから今日は、評価も分析もいらない。


「お疲れさま」


それだけを伝えたい。


そして本音を言えば、

娘だけじゃない。


私も、やっと肩の力が抜けた。


長かった。

本当に長かった。


でも、いい時間だった。


結果がどうであれ、

今日この日を、きっと忘れない。

 

明日は、京都大学の二次試験本番

去年の今ごろは、正直「終わる気がしない」と思っていた。

どこか地に足がついていない感じで、本人よりも、親のほうが落ち着かなかったかもしれない。


明日、2度目の京都大学の試験が始まる。


不思議なことに、今年は「終わる気がする」と思えている。

楽観でも強がりでもなく、ただ静かに、そう感じている。


この一年、近くで見てきた。

うまくいかずに崩れた日もあった。

自信をなくして、声が沈んだ夜もあった。

それでも、次の日には机に向かっていた。

ああ、力はちゃんと積み上がっているんだな、と

親ながらに思う瞬間が何度もあった。


去年は、どこか「受からせたい」という気持ちが先に立っていた。

今年は違う。

ここまでやり切った姿を見てきたから、

あとは出し切るだけだと、本気で思える。


心が落ち着いているのは、

結果に覚悟ができたからかもしれない。

そして何より、わが子を信じられているからだろう。


明日の朝、余計なことは言わない。

「頑張っておいで」と、それだけでいい。

背中を見送りながら、この一年を思い出すだろう。


親にできることは、最後まで信じること。

今年は、それがちゃんとできる気がする。

受験直前、あと六日の出来事

最近、娘はいい感じだった。

ミスを一つずつ埋める作業を、静かに、丁寧に続けていた。

焦りも少し落ち着き、

「今やるべきこと」に集中できているように見えた。

だからこそ、油断していたのかもしれない。


塾の直前講習に行った日のこと。

突然、泣き声で電話がかかってきた。

何があったのかは、詳しく聞いていない。

講習の内容が特別プレッシャーをかけるものだったのかも、分からない。


でも私は、とっさに言った。

「一旦、家に帰ってきな。」


後から考えた。

たとえ講習が厳しい内容でなくても、

崩れることはあるのだと。

直前期の心は、ずっと張り詰めている。


ここまで積み上げてきた時間。

「もしかしたら届くかもしれない」という手応え。

そして同時に湧き上がる

「ここで失敗したらどうしよう」という恐怖。


順調だったからこそ、怖くなる。

失うかもしれない未来が、急にリアルになる。


周りの真剣な空気、

先生の本気の眼差し、

教室に漂う独特の緊張感。

それだけで、十分なのだ。

涙は弱さではなく、

張り詰め続けた緊張の放電なのかもしれない。


受験は、学力だけの勝負ではない。

どれだけ積み上げても、

心が揺れれば、崩れそうになる。

でも、揺れること自体は後退ではない。

それだけ本気だということ。

それだけ大切に思っているということ。


私は原因を探すよりも、

安心できる場所を守ろうと思う。


今はただ、

「帰ってきてくれてよかった」と伝えるだけでいい。


本番まであとわずか。

伸ばすより、整える。

追い込むより、守る。


親にできることは少ない。

でも、帰る場所でいることはできる。揺れたのは、崩れたからではない。

ゴールが近いからこそ、心が震えただけなのだと思いたい。

あと12日。朝、起きてこない娘は。

昨日、娘が言った。

「京大の問題のコツが分かってきた。前より解ける」

その顔は、たしかに手応えをつかんだ人の顔だった。

ああ、積み重ねは裏切らないんだなと、親の私まで救われた。


なのに、今朝は起きられない。

9時に声をかけ、眠い目をこすりながらやっとのことで動き出す。


あと12日しかないのに。

こんなので大丈夫なのか。

正直、胸の中はざわつく。


でも、少し引いて考えてみる。


夜9時まで塾で踏ん張っていること。

私大受験の翌日も、プレテストのあとも、また机に向かっていること。


きっと今は、走り続けてきた身体と心が、

「少しだけ回復させて」と言っているだけなんだろう。


受験は短距離走ではなく、最後の持久走。

毎日完璧に走ることよりも、

崩れずにゴールにたどり着くことの方が大切なのかもしれない。


焦るのは、親の仕事。

でも信じるのも、親の仕事。


娘はちゃんと、自分の力で壁を越え始めている。

朝がゆっくりでも、歩幅が小さくても、

前に進んでいるなら、それでいい。


あと12日。

私にできるのは、

不安な顔を見せることではなく、

「大丈夫だよ」と言える空気をつくること。


今日も、娘は塾へ向かった。

それだけで、十分すごいんだ。

今日の一票に、願いを込めて

今日の選挙は、これからの日本をつくる大切な選挙だ。

正直に言えば、これまでこんな気持ちで投票所に向かったことはなかった。


でも今日は違う。

今を生きる自分のためだけじゃない。

自分の娘が、そしてその先に生まれてくるかもしれない子どもたちが、安心して、幸せに生きていける社会であってほしい。

その願いを、はっきりと胸に抱いている。


大きなことはできない。

できるのは、たった一票を投じることだけだ。

それでも、この一票には、未来への想いを込めたい。


良い日本の未来がありますように。

そんな願いとともに、今日、投票所へ向かう。